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幽霊西へ行く
目 次
大《おお》 鴉《がらす》
幽霊《ゆうれい》西へ行く
公使館の幽霊《ゆうれい》
五つの連作――犯人当て小説――
クレタ島の花嫁《はなよめ》――贋作《がんさく》ヴァン?ダイン――
第三の解答
五つの連作解答編
大《おお》 鴉《がらす》
1
私がその海岸の、置き忘れられたような淋《さび》しい漁村に着いたのは、ちょうど灯《ひ》ともしごろだった。
久しぶりで訪《おとず》れた故郷の町では、私は思いがけないほどの歓迎《かんげい》を受けた。地方の小都邑《しようとゆう》のことであるから、探偵《たんてい》作家を出したことは初めてなので、講演会《こうえんかい》にひっぱり出されるやら、地方新聞に写真入りの談話が発表されるやら、思いがけない昔《むかし》の友人が訪《たず》ねてくるやら、元々内気の私は、すっかり困りぬいたのだった。
だが私は、一度でもこの村を訪れておきたかった。それで枺─貛ⅳ胪局小钉趣沥妞Α贰ⅲ务kで途中下車し、閑散《かんさん》な私線に仱辘à啤⒍䲡r間あまりの旅をつづけ、それからまた一日二往復というガタガタの木炭バスの客となって、この漁村に着いたのである。
私が前にこの地へ足を止めたのは、大学当時のことだったから、あれからは十年という年月が流れている。別に風景が優《すぐ》れているわけでもなく、これという名所もあるわけではないが、私はこの土地には、忘れることのできない、いくつかの思い出があった。
帰り来ぬ昔《むかし》の夢《ゆめ》を追うことの愚《おろ》かなことは、もちろん私もよく知っていた。だがこのような片《かた》田舎《いなか》では、時の力というものは、都会の場合ほどはげしくはない。家も同じ、人も同じ、人と人との関係も、十年一日のようなのが常であった。だから私の夢も思い出も、そのままの形で、ふたたび新たにすることができるのではあるまいかと、それははかない望みだったかも知れない。が……
その村に一軒《いつけん》しかない、荒《あ》れはてた木賃宿《きちんやど》のような旅館に旅装《りよそう》を解くと、私はすべてを明日《あす》のことにして、簡単な夕食をすませ、ぶらりと散歩に出たのだった。
このへん一帯は、太平洋の怒濤《どとう》に面した、荒涼《こうりよう》たる灰色の砂丘《さきゆう》であった。青《せい》松《しよう》白砂《はくしや》の南の海と摺钉沥筏盲啤⒑¥紊狻⒉à蝿婴狻ⅳ工伽柒g《にぶ》くて暗かった。
ただこの附近《ふきん》だけ、どうした地伲悉卫碛嗓摔瑜毪韦⒈ 钉Δ埂纷稀钉啶椁丹飞钉い怼筏窝壹 钉い铯悉馈筏蛞姢护俊⒛钉瑜Α坊已摇钉い蟆焚|の岩山が、海岸に突《つ》き出している場所があった。私はしばらく海岸を歩いたあとで、その岩山へ上って行った。
急な坂道をのぼり切ると、そこは小さな神社になっている。落葉松《からまつ》の林にかこまれて、苔《こけ》むし朽《く》ちはてた一つの祠《ほこら》があった。
夕闇《ゆうやみ》が海をも村をも包んでいた。砂浜《すなはま》の上をはるかに点々として、チラチラと星座のように輝《かがや》く燈火《とうか》は、この海岸に沿って連なる村と町……私の宿をとった村の燈火も、五、六丁|隔《へだ》てた眼下に赤く光を放っていた。
額《ひたい》の汗《あせ》を拭《ふ》きながら、私はポケットから取り出した煙草《たばこ》に火をつけようとした。その時ガサガサと音を立てて、社《やしろ》の背後の繁《しげ》みから姿を現した一人の若い男があった。
ここは昔《むかし》から、そんなに人の来る場所ではなかった。ことに夕暮《ゆうぐ》れである。私もふいの人影《ひとかげ》に驚《おどろ》いたが、向こうでも、私の存在に驚いたのかも知れない。懐《かい》中《ちゆう》電燈《でんとう》をつきつけて、
「どなたです」
と、問いかけて来た。
「いや、別に怪《あや》しいもんじゃありません。その先の柏屋《かしわや》に泊《と》まっているものですが……」
と、私が答えると、
「もしや、あなたは木下晴夫先生ではありませんか」
と、私の名をズバリと言いあてて来た。
「ええ、そうです。よくお分かりですね」
私もいくらかびっくりしていた。
「私はこれで、先生の大の愛読者なんですよ。御作《おさく》は一つ残らず拝見していますし、ご郷里にご帰省中だということも、新聞で承知していました。こんな所へおいでになるとは思っていませんでしたが、いつか雑誌の口剑且姢啃凑妞摔饯盲辘胜韦恰い洹ⅳ栅筏胜猡韦扦工亭ā
なるほど、そう聞いて見れば、何もそれほどふしぎでもなかった。私としても、こうした寒村にまで、私の読者がいるということは、決して悪い気持ちはしない。私は相手に煙草《たばこ》をすすめて、火をつけてやった。
「恐《おそ》れ入ります」
と、大きく白い輪を吐《は》き出して、
「ご散歩ですか」
「ええ、ちょっと歩きたかったので……」
「実は先生、先生に一度聞いていただきたいお話があるのですが……これは先生のお書きになる材料になりはしないかと思いまして……よほど、書き上げて先生にお送りして見ようかと思ったのですが、私は筆に自信がありませんし、……この海岸で起こった事件なのですが、一つ聞いて下さい……」
例外もあるにせよ、実際の犯罪事件が、私たちの書いている探偵《たんてい》小説の材料になる、ということは滅多《めつた》にないことであった。話し手の方は面白がって話してくれるのだが、聞く私たちの方になって見れば、何の役にも立たないで、ただ退屈《たいくつ》を誘《さそ》うような、そんなことは度々だった。
「いったいそれはどんな事件なのですか」
「探偵《たんてい》小説には、ずいぶん『顔のない死体』というトリックが使われていますね。ところが、あのトリックに限っては、私は初めから、底が割れているような気がするのです。被害者《ひがいしや》と加害者の逆転、つまり殺されたと思われている人間は、本当に殺されたのではなく、身代わりの人間を殺して、自分が殺されたように見せかける。十中八、九はそれなのですが、あの原則に例外はないのでしょう」
鋭《するど》く専門的に急所を衝《つ》いた伲鼏枻扦ⅳ盲俊K饯猡长窝匀~には、思わずギクリとして、闇《やみ》の中にほの白く浮《う》かんでいる、相手の顔を見つめたのだった。
「そうですね……しかしそれでない反対の場合だと、実際の事件ではともかくとして、探偵《たんてい》小説ではさっぱり面白くないのです。そのトリックが底を割っていることは承知の上で、肉をつけ、着物を着せて、うまく読者をひっぱって行く――それが作家の腕《うで》でしょうね」
「でも実際の事件では、いくら顔だけ潰《つぶ》して別の着物を着せたからといって、そんなに簡単に、だまされるもんじゃありませんよ。体にだって、ずいぶん特長はありますし、たとえば、歯だって、手にかけた歯医者が見れば、すぐわかりますからね」
「ごもっともですが、探偵小説というものは、フィクション中のフィクションでしてね。古人もこんなことをいっています。『万人を一時あざむくことは出来る。一人を永久にあざむくことは出来る。だが万人を永久にあざむくことは出来ない』万人を一時あざむくから、探偵小説ができるので、万人が永久にあざむかれるような事件が、もしあったとしても、それは探偵小説の材料にはならないでしょう」
「そうでしょうか」
何となく、思いつめたような声であった。
「先生、私の話を聞いてはいただけませんか。これは所謂《いわゆる》、探偵小説でいう『顔のない死体』の問睿扦埂R粡辘谓鉀Qはついていますが、この事件に限って、万人が永久にだまされているような気がするのです。先生ならば、この解決には疑問を起こされないでしょう」
何かしら、興味をそそるような話し方だったし、私はこの男の正体にも、はげしい好奇心《こうきしん》を感じ出して来ていた。どうせ宿へ帰っても、別に用事もあるわけではないし、しばらく海の新鮮《しんせん》な空気を吸っているのも、悪くはあるまいと思って、私は相手の話をうながした。その物語というのは、次のようなものである。
2
終戦後、間もなくのことですから、もう三年あまりになりましょう。この村から二里ほど離《はな》れた、野沢《のざわ》という小さな町に、一人の医者が復員して来ました。三、四年の軍医生活で、腕《うで》の方もいくらか荒《あら》くなっていたようですし、外地で乱暴な生活を送ったと見えて、性格もすっかりすさみ、出征《しゆつせい》前は盃《さかずき》いっぱいの酒さえ口にしなかったが、毎晩のように、自暴酒《やけざけ》を浴びるほど呑《の》むようになりました。
年は四十に近かった